エンゼルギア2nd開始時に消息不明となっていたあの二人。

彼らに何が起きていたのか……遂に明らかとなる。

 

エンゼルギア・ミッシングリンク 〜瑞穂基地の最も長い一日〜

 

それは、失われた鎖の輪。運命の交錯点。

 

――ヤシマ領空、瑞穂基地より100km以上南に位置する神津島空域。

未だ正午に達していない澄んだ空を、比較的遅い速度で高空を行くシュネルギア(第三世代

人間戦車)が一機。燃え立つような赤を基調としたボディに、増加装甲や兵装などで要所に黒の

カラーリングが施された瑞穂基地所属のシュネルギア、"プルガトリウム"である。

この空も、他所と変わりなく青い。幾多の命が行きかい、散ってゆく空。

どれほどの鮮血で染め上げられようと、決して青さを失うことはなく。

どれほどの命を費やしたところで、其処から戦火が消えることは無い。

“翼”という意をその名に宿した男、“プルガトリウム”を駆るカナード=ライトハルトG3(統一

帝国親衛隊)中尉が生まれ育った場所はそんな救いの無い空の下であった。

その見た目は青年――しかしその実、年齢は50を超える。ヤシマ=統一帝国と敵対する

天使の血族でありながら、なお人に与する異端。

瑞穂基地では砲爆撃の名手として名を馳せているが……同時に。彼はちょっとした悩みを

抱えることとなっていた。

「……はぁ」

『哨戒任務に出てからこれで4回目だね。5分に1回はため息ついてる計算だ』

 カナードはAIからの突っ込みにも力のない首振りを返すのみ。

――先日。完全機械化兵として蘇った戦友T-Xこと遠山桂大尉が瑞穂基地に復帰して以来

彼の身辺が基地内において休まることはなかった。

昼夜休むことなく繰り広げられる彼の相方であるところのトゥアレタ少尉、彼のクローン体

であり義妹のエンテ=ライトハルト、そして桂の三つ巴の修羅場は、着実にカナードの精神力を

削り取っていた。

高々10代の少女3人の闘争は、40年戦役の西部戦線という地獄を生き抜いた兵士の魂

すらも削り殺すほどの熾烈さと苛烈さをもって――正しく、戦争と成って展開していたのである。

結果、ここ数日のカナードは、AIのみを供に引き連れて哨戒に出る回数が格段に跳ね上がる

こととなっていた……おそらく、最近では瑞穂基地でも1・2を争う出動回数であろう。

その日も、彼はいつもの如く何事もなく幾多の敵機動兵器を叩き落し、基地へ帰投する――

はず、だった。しかし――

「視界内にアンノウン捕捉……何だアレは?」

 カナードの駆るプルガトリウムの進行方向。1.5m近くの人型の何かが虚空に浮いている。

黄色い装束を纏った少女のように見えるが――そんな大きさの人型の浮遊生物など、カナード

は数十年生きてきた中で聴いたことも見たこともない。

 機体に搭載された新型AI”ラキシスも、困惑したかのような報告を返す。

『むむむ、解析不能。エーテル、光学、ソナー……全センサーがエラー吐いてるし』

「……敵軍の新型か?」

『いや、というかだね……エーテル反応・熱反応……一切の反応が無いんだ。アレ』

「エーテル反応もなく飛行する物体だと? 生身の俺とAIが同時に幻覚を見ているわけでも

あるまいに」

 珍しく「さっぱり訳がわからない」と言った風のAIのコメントに、カナードも首を捻る。

『まいったな、これじゃあ照準も付けられな……およ?』

ざざ、とAIの音声が揺らぎ――

『話は聞かせてもらった! 照準がどーとか言ってたけど、撃たれて痛かったらヤだから自重

してくれると嬉しいな♪』

 

機内に――とても。能天気で脳が冒されそうな声が響いた。

 

――それは、およそ考えられない事態だった。生身の人間と思しき対象が、エーテル反応も

出さずに浮遊し、体内通信機を使うでもなく、何らかの未確認の手段により機動兵器の通信回路

に干渉している。少なくとも、カナード自身は経験したことのない事態だ。

『えーと、向こうからの通信みたいだけど』

おそらく、AIに表情があったら口をあんぐり開けて固まっていることだろうな、と思いつつ、

カナードは哨戒飛行中5回目のため息をついた。

「回線を切れ。撃墜する」

『いや、それが……』

『あー、ムリムリ。ちっとそっちの回路に割り込ませてもらってるんで。てゆーか、物騒極まりない

ねえ。君、声聞いた感じオトコノコみたいだけど、強いだけじゃなくて優しくないと生きる価値が

ないんだよ?』

再びAIの音声に重なるように奇態な声が響く。年恰好相応の稚気の残った女の声だが、

何か童女とは異質な嘲笑の気配がこもっている……とでも言うべきか。

カナードは心中で燻る違和感を押さえつつ、冷静な声音を保って尋ねる。

「とりあえず聞いておく。ヤシマの領空に何用だ? 戦時中だ。物騒な事を言われたくなければ

早々に立ち去った方が身の為だと思うが」

『カワイイねえ、強がっちゃって……っとと、だから砲身向けないでよ。しかもレーザーまで当て

ないでってば。熱いって。別にキミ達と争いに来たわけじゃないんだ』

試しにミサイル発射口を向けて照準用レーザーを浴びせてやると同時、慌てて両手を上げて

恭順の意を示す人型の何か。

 「熱い」程度で済むどころか失明モノの出力だったはずだが、とカナードは首を捻る。

「争いに来たわけではないのなら何用だ?」

『んーとね。カナード=ライトハルトって人に頼みごとがあって来たんだよね』

 ――瞬間。それまであどけなく悪戯っぽかった声が、カナードにはとてつもなくおぞましく、

聞くだけで心を病みそうな呪わしい声音に思えた気がした。

 それは今まで対峙したいかなる存在とも異なる感覚。狂気の向こう側に存在する何か。

 それまでカナードが味わってきた戦場の狂気とは全く異質な、天使とも人間とも全く隔絶した

世界の産物とも思える。

「……」

『お察しの通り……まあ、キミだよ。カナード君』

「……だ、お前は?」

 「何者だ」でも「誰だ」でもなく――「何」。正しく、カナードの疑念を端的に示したその問いに、

黄色い少女はおぞましい笑みを浮かべたまま答える。

『んー、何だろうねえ。超能力者かもしれないし、ただの人間かもしれないし、誰も見たことのない

新種の生命体かもしれないし、宇宙人かもしれないし、吸血鬼かもしれないし、妖怪変化かも

しれない。もしかしたらカミサマかもよ?』

 ふざけた口調はそのままのはずなのに、何処となくそれまでと雰囲気は異なる何か――

それは本当に人語なのか、今それを聞いている自分は正気なのか。

境界を食い散らかしあやふやにしていく、

 それを聞きながらも表面上は静かに、しかし明らかに音程が低くなった声でカナードは再度、

命じる。

「答えろ。貴様は何だ」

『知らないなら教えない……と言いたいとこだけど、ボクの頼みごとを聞いてくれるなら、教えて

あげないことも…』

それが、元より我慢強いとはお世辞にも言えないカナードの限界点だった。

彼女――フィエル=エル=フィリエルは、予めカナードの名前を知ってはいた。

ならば、彼の性格に由来する異名のほうもまた、知っておくべきだったのかもしれない。

曰く、常時着火済み爆裂弾。

「おふざけはいい加減にしておくべきだったな、この浮遊ナマモノがっ!!」

『ちょ!?』

叫ぶと同時、全砲門開放。天使、人間を問わず数多の敵を屠った大火力のミサイルが目の前

のヒトガタに殺到し、炸裂する。

機体の照準機能が使えないとは言え、目視できる程度の距離ならばそうそう外すことはない

――いや、目視できるような距離でミサイルの飽和攻撃を行うような阿呆がそう沢山居ても

困るのだが。

 必殺を期し、自らの損害をも厭わない一撃だったが。しかし、カナードの「殺った」との確信は

早々に裏切られることになる。

 

* * *

 

瑞穂基地食堂、厨房。眼鏡をかけた瑞穂中学の制服を着た少女が、鼻歌交じりに料理をして

いる。普段露な額には三角巾が巻かれ、制服の上にはエプロンを着ているという状態である。

そんなマニア心をくすぐるような格好で調理場に立つは、トゥアレタ=クレーリオンG3少尉。

カナード=ライトハルトの軍務における……そして、最近では私的な側面においてもパートナーを

務める少女である。

以前は調理場に立つことも無く、半ば料理を忌避しており……必然、壊滅的な料理下手で

あった彼女であるが。

ここ最近、彼女の料理の腕は――少なくとも人が食べられる物体を作り出せるようになった、

という意味ではあるが――大幅に上昇していた。

それが「誰のため」かは、最早言うまでもないことなので割愛するべきところであるが。

不意に厨房に硬質な音が響き、少女の鼻歌が止まる。

「あら……?」

 少女は音源に目を向け、表情を翳らせる。

「困ったわね。カナード君のお皿、割れちゃった……罅でも、入ってたのかな」

 

* * *

 

 視点は再び、神津島空域に戻る。

『ったく、無駄遣いさせてくれるね。高くつくよ』

 “プルガトリウム”から殺到し、炸裂し、ヒトガタを蹂躙するはずだったミサイルは……しかし。

フィエルと名乗った人型が顔をしかめると同時にその手前で突如消失し、影も形もなくその

空域から消え去ってしまったのだ。レーダーにも、各種計器にも何の反応も無い。

文字通りの、神隠し。

「……な」

『こっちがわざわざ分体作ってまで管轄外まで出向いてやって、しかもこーしてお前らみたいな

定命の下等生物(モータル)にわざわざ頼んであげてるってのにさあ……何、その態度。

お前何様のつもり?』

それまでの能天気な雰囲気は最早欠片も残っていない。

それはさながら星の狭間のような冷え冷えとした――害虫を評するような声音。

「……ならば!」

 その程度で戦意を喪失するような人柄でもなく。

カナードは一瞬の動揺を振り捨ててエーテルを励起、霊子凝集弾頭――『呪法爆弾』により、

追撃する。

『仲間内じゃあ寛大な方だって言われてるけど……ボクさぁ、物分りが悪い馬鹿って大っ嫌い

なんだよね』

同時。虚空から先ほどカナードが放ったミサイルが出現。プルガトリウムの間近で呪法爆弾

と激突し、炸裂。必然、その破片と熱波その他諸々がプルガトリウムに押し寄せる。

「……ちぃっ! 舐めた真似を……」

『誰と一緒に行きたいか、くらいは聞いてあげるつもりだったけどね……気が変わった。そんな

こと知ったことか。ちょっと無理矢理になるけど、こっから飛ばす

 爆風に煽られるプルガトリウムの目の前で、その現象は始まった。

 ――“プルガトリウム”の眼前に開かれるは、総てをことごとく喰らい尽す闇黒の顎。

世界と世界の間に横たわる、闇そのもの。

 熱・圧力……あらゆるセンサーが狂ったような反応を示して警報を鳴らし、直後一斉に沈黙。

カナードは必死に推進器を噴かして離脱を試みるが――超音速で空を翔ける機体の大出力を

持ってすら、どういうわけかピン止めされたようにその場から逃げられない。

元より重装の"プルガトリウム"は一般の機体よりは鈍足気味ではあるものの、これはそんな

こととは全く関係ない何か…おおよそカナードの知る範囲外の…別の妨害が働いている。

そうカナードは直感した。

「何を……何をする気だ!」

『何もかも。頼みごとの内容くらい聞いて欲しかったんだけど、聞く気無いみたいだからしょうが

ないよねえ。まあ、自業自得ってことで』

「答えになっていな――」

――カナードがこの世界で発することが出来た言葉は、それが最後だった。

 

* * *

 

 同時刻。神津島の南側沖で待機していた合衆国第七艦隊右翼打撃部隊の旗艦からも、この

現象は観測できていた。

 かの部隊は、ヤシマの目の届かない南方より、比較的高機動型の天使兵及び機動兵器により

関東戦線に突入、ヤシマ側に混乱を引き起こして本隊の蹂躙戦を容易にする、という任を負った

部隊である。

 シュネルギアと思しきエーテル反応の突如としての消失。そして、それに伴う怪現象。

 ――指揮官にある程度の予見能力、或いは状況判断能力があるならば、この怪現象を重く

見て様子見を選択したであろうが。

 合衆国第七艦隊右翼打撃部隊司令官ジョージ・アームストロング・カスター中佐は――多くの

将兵にとって不幸なことに――そうした能力を全く、欠片も持ち合わせていなかった。

 故に。彼は己の功名心の赴くままに全部隊に命を下した。

「天は我らに味方した! 全軍、ヤシマへ強襲開始!」

 

* * *

 

同時刻。関東地方の北東側、霞ヶ浦の真ん中に浮かぶ霧ヶ島に聳えるヤシマ陸軍土浦特務

研究所。

 「シ号計画」と呼ばれる極秘計画が失敗して以来、この研究所は島ごと外側からヤシマ陸軍

陰陽部により厳重に封印され、隔離区画となっていた。

 この封印の内側。それまでは沈黙を保っていた封じられていたものが――後に判明したところ

によると、フィエルが行った放逐に呼応するかのごとく――突如として漆黒に染まった高濃度

エーテルを吹き上げ、暴走。

 厳封は一時間と持たず完膚なきまでに破壊され、封印されていたはずの「シ号計画」の遺産は

瘴気にも似たエーテルをまとったまま、何処へともなく消え去った。

その行方は、杳として知れない。

 

* * *

 

 同時刻。東北地方、福島県の東沖に位置するヤシマ有数の霊地、神守島。

ヤシマ東部の呪法結界の基点、そしてヤシマ海軍の一大拠点として要塞化されている……

その司令室。

 龍の如き角を有する男――乙姫 獄(おとひめ・たける)准将は静かに呟いた。

「……始まった、か」

 

* * *

 

 “プルガトリウム”の消え去った後。青空でフィエルは静かにため息をつく。

「ったく、いけすかねーガキだこと……って、おや。なるほど。戦時中だってーのもあながち

嘘じゃないみたいだ。どーしよっかな」

フィエルが視線を向けた先には、無数且つ多種多様な生物的な機動兵器――天使兵、と

呼ばれる兵器及び合衆国軍機の大群。フィエルは知る由もないことであるが、ヤシマに鉄槌を

下すべく意気揚々とやってきた合衆国第七艦隊右翼打撃部隊の精鋭部隊である。

意匠がカナード機とかなり異なることから、おそらくはカナード側にとっての敵に類するもの

だろう、とフィエルは結論付ける。

フィエルがそのような結論に至るまでのわずかな間に合衆国軍側は何をしていたかと言えば、

戦闘機の類は旗艦に指示を仰ぎ――カスター中佐の叱責を受ける、と時間を浪費している始末

であった、が。

絶対兵器、出れば後に何も残さぬ最強の兵器と名高い天使兵は、早速フィエルに対して攻撃

を開始していた。

――が、無慈悲にも。

豪雨の如く浴びせかけられた聖光…有機物無機物を問わず塩の柱に変える超高出力の

エーテル光は、フィエルがかざした左手の手前で線香の煙の如く湾曲し、歪められてフィエルを

避けるかのように在らぬ彼方へと消えさる。

人面状の部位から牙を剥き出し雲霞の如く襲い掛かったホイシュレッケの大群は、フィエルの

右手に顕現した漆黒の巨大な力場…エーテルとは違う禍々しく輝く黒い巨爪に切り裂かれ、

悉くエーテルに還される。

一瞬の交錯の後。フィエルは臨戦態勢の天使兵の群れと対峙し、にやりと笑う。

「……へぇ、喧嘩売るんだ。天使風情が? 神格たるこのボクに?

 

 身の程を知れ、己が意思もなき生体兵器ども」

 

大群が、無形のエーテルに還元されるまで――大した時間はかからなかった。

無論。何の罪もない合衆国軍人達もその巻き添えとなったことは、言うまでもない。

 

* * *

 

「全滅!? 全滅だと! 1000の天使兵と100機の護衛部隊の全てが、か!? 一体何が

起きたというのだ……シュネルギアの反応は消失したのではなかったのか!?」

 旗艦“アンドリュー・ジャクソン”の艦橋にカスター中佐の本日幾度目かの喚き声が響き渡り、

乗員達は顔をしかめた。

 問い返すまでもなく、事実である。

 神津島上空にて人間大の未確認飛行物体を捕捉、指示を求む――との馬鹿げた通信を

残して数秒後。蒸発したかのごとく虎の子の奇襲部隊は消失してしまっていた。

 ミサイル反応もなし。陽霊子兵器が使われた痕跡もなし。シュネルギア級どころか、アペルギア

程度の反応すらなし。V機関の起動痕跡自体なし。

 では、一体何が起きたのか……カスター中佐でなくとも、把握できなくなるのは無理もないこと

ではあるが。

「こ、こうなったら一度本隊に戻ってアレを使う! 私の顔に泥を塗った敵を生かしておくわけ

にはいかん!!」

通常、兵力の三割を失えば、軍事上は大敗とされる。

これほど大規模かつ不可解な兵力の損耗に際して、敵勢力への検証もせずに、戦力の逐次

投入の愚を犯して無謀な報復に出る辺り、カスター中佐の指揮官としての素質は、その地位に

対していかんともしがたく不足であったのだろう。

 

*  *  *

 

 哨戒任務に出たカナード・ライトハルト中尉が、担当である神津島空域で忽然とその消息を

絶って半日。貴重なシュネルギアとギアドライバーの反応消失に蜂の巣を突いたような騒ぎと

なった瑞穂基地から、一機のシュネルギアが件の空域へと飛翔していた。

 速い。

他に比較するものが有るかは不明だが、神速を以て鳴る統一帝国空軍(ルフトヴァッフェ)の

精鋭部隊ですら、巡航速度でこれほどのスピードが出せるだろうか。

 高速飛行に適応した円錐型のケルンで高空の大気を裂いて飛ぶのは、瑞穂基地所属の第三世代型人型戦車…シュネルギアの一機であり、刻まれたパーソナルマークの「天地人和」四文字

が、その搭乗者が和沙=S=アルトヴァーペンであることを示していた。

「…にしても、人騒がせにも程があるよね、カナードっち」

「ヴィヴリオ大佐ちゃんと同じようなこと言うんだね、和沙ちゃん」

 コクピット・ドライバー席でぶつくさ言いながら霊素レーダーに目をやる和沙に、同じくナビゲータ

席でレーダーを操作しながら応じるセラピア。この二人が単騎飛行中なのは言うまでもなく、

反応をロストしたカナード機の捜索のためであるが。

 ”乙女のカン”で多重の霊的ステルスすら看破するセラピアと、現在瑞穂に居るドライバー中

最も高い霊的能力を持ったエーテラーであるところの和沙という切り札二枚セットを送り出した

のは、ある意味指揮官であるヴィヴリオ大佐も、この事件をそれだけ憂慮しているということか。

「戦闘して撃墜されたならエーテル反応が有るだろうし、そもそもフル装備のプルガトリウム相手

じゃ、沸いたのが座天使だろうと熾天使だろうとタダじゃ済まないからねぇ…まあ、そういう意味

では無事だと思うよ?」

「ぷ〜。それにしたって、心配分が足りないよ〜?」

「トゥアレタみたいにパニックになっちゃったら、探すものも探せないでしょーが。びーくーる

びーくーる、びーるくーる…冷たいビール飲みたいー」

「ぷっぷくぷー!?」

 冷静と言うより、そっけない和沙の対応に、ぷっぷくぷ〜、と膨れておなじみの怪音を発する

セラピア。応じる和沙のほうはと言うと、心配の「し」の字も見せない平常っぷりである。

 シュネルギア・プルガトリウムの信号反応が忽然と消失した時、最も顕著な反応を見せたのが

言わずもがなカナードの公私両面におけるパートナー(たち)であるところのトゥアレタとT−X…

遠山桂。それに義妹であるところの管制官エンテ。桂の復帰時に有った悶着は、瑞穂の面々には生暖かい記憶としてしっかり記録されているが、まあ、何だ。四角関係の焦点であるところの

カナードが消息不明となった時の三人の狼狽は、推して測るべし。シュネルギアの緊急発進未遂

騒ぎまで発生したほどである。

 大騒ぎの主犯である三人に謹慎を命じた後、ヴィヴリオ大佐がこめかみを押さえながら捜索班

として和沙とセラピアを送り出したというのが、数時間前の状況である。

「気になると言えば、プルガトリウムのナビってクロト君……ああ、いや。メモリー引継ぎで、

今はラキシス君だっけ?」

「そうだよー?」

「カナードっちと足して割ると人並み丁度いいくらいの生真面目クンのラキシス君が、何の連絡も

入れずに消息を絶ったてのがねぇ…」

「ん〜、普通は考えられな… 和沙ちゃん!!」

セラピアの声がにわかに緊迫感を帯び、半瞬遅れてシュネルギアの対天使センサーが一斉に

警報を鳴らす。その二つに先んじて、巡航していたシュネルギア・ゲヴィッターはケルンを球型に

高速変換して螺旋機動に移行、上空から撃ち降ろされたエーテル光の束を辛うじて弾き散らす。

「…っとぉ!?ギリギリセーフ!!」

「上空3000mに急に超高密度エーテル反応発生…って、”天界の門”だよ!?」

「結界の外だからって、いきなり出てこないで欲しいよね!? 意表を突いて喜ばれるのは、

隠し芸だけだってば」

「言ってる場合じゃないよ、和沙ちゃん! エーテル反応、増大中!」

 正に、降って沸いた災難か。

 予兆も無く出現した”天界の門”…天使達が出現するゲートからの光が周囲を純白の光で

照らし、その光から無数の蝗…ホイシュレッケと呼ばれる下級天使が這い出てくる。

蝗たちは上空で禿鷹のように輪を成して群れ、その中心に、白光の中ですらなお光り輝く、

巨大で眩い光の塊が一つ。声では無く、エーテルが震えて天を讃える聖句を響かせ、圧倒的な

存在感で機体が物理的に揺さぶられるほどのそれ。

「…えーと、セラピア。あのデカブツ何だと思う? ドミとかトロじゃないよね」

「…エーテル計測機器が振りきれちゃってるんだよ〜。推定でいいかな?」

「うん、私も推測だけど」

 少々ひきつった表情で、和沙とセラピアが顔を合わせて、推測を同時に述べる。

「「…熾天使(セラフ)」」

 

熾天使(セラフ)級。

最強の自律機動兵器、”絶対兵器”とされる天使兵の中でも、指揮官クラスである主天使

(ドミニオン)、機動空母である座天使(トロウン)を凌駕する、最高位にして最強と目されるクラス

の存在である。

1986426日に、連邦西端の都市を半径30kmに及ぶ全てと共に消滅させた「1986年の

惨劇」…通称”第三の喇叭”事件で降臨した、最悪の天使兵。

和沙達は知る由もないことだが、半ば半狂乱に陥ったカスター中佐が召喚を決行させた

“切り札”がこの熾天使兵だったりする……のだが。カスター中佐を半狂乱に陥らせた張本人、

フィエルが半日も律儀に留まっているはずはなく、とっくのとうにこの空域から去っている。

故に、全く身に覚えのない和沙と、目標を見失った熾天使とが此処で対面する運びとなった。

極めて著しく不幸な巡り合わせであったと言えよう――互いにとって。

 

「…瑞穂基地へ連絡は?」

「入れたけど…」

 セラピアが口ごもるが、その先は、和沙にも云わずとも理解できた。瑞穂最速を誇る自分達

ですら数時間の距離を、援軍が踏破するにはどれほどの時間を要するのか。何より。

「これ相手じゃ、完機ちゃんや航空部隊がどんだけ居ても…大差無いよねぇ」

「残念だけど、ボクもそう思うよぉ…」

戦術モニターへ展開された敵戦力は、ホイシュレッケがおよそ500に熾天使。

数の上で1:501、近代戦を評価するランチェスターの第二法則に依れば、シュネルギアを10

とした場合の戦力比はおよそ1:3600くらいか…と和沙は脳内で目算し、思考を切り替える。

「この近隣には…観測基地すら無し、と。よろしい」

「…もしかして、もしかする?」

「殺ル。ここで落として、後顧の憂いをカットアウトする」

すっきりきっぱりと言ってのける和沙に、セラピアは天を仰いで…熾天使の威容が目に入った

ので顔をしかめてモニターを眺め、シュネルギアのV機関を戦闘領域まで解放。

ちょっと前は座天使と主天使相手に連戦、今回は熾天使と蝗の大群相手にワンマンアーミー。

見た目からは想像し難い程の修羅場をくぐって来たセラピアにしてからが驚愕するような相方の

無茶だが、そろそろ慣れてきた感が否めない。

「V機関、戦闘領域解放。ケルン再展開(ヴィーダルム・エフネン)、全兵装安全装置解除(アウフ

ヘーバング)。トラバント・トレーガー展開完了!」

 熾天使のプレッシャーを押し返し、自己の存在を顕示するかの如く、シュネルギアのケルンが

膨大な輝きを放つ。地上で唯一天使兵を凌駕すると言われる決戦兵器の戦闘状態。

エーテルによる遠隔操作兵器であるトラバンドシステムが整然と砲列を並べ、天使の軍団に

挑む多頭の竜の如く。

「くりーげ・あんふぁんげ(開戦)!!」

宣言とともに、シュネルギア・ゲヴィッターは1:3600の戦争を開始した。

 

 戦闘そのものは、ある意味圧倒的だった。数の暴力を質の隔絶がひっくり返す、兵器開発者が

夢想するであろう本来あり得ない光景が、そこに実在している。

 群れ集って獲物を食らい尽くそうと襲いかかるホイシュレッケは、和沙の防衛本能に直結した

トラバントの近接砲撃弾幕に阻まれ瞬く間に吹き散らされ、強大なケルンによる『ハードシールド』

がその接近も攻撃も諸共弾き散らして四散させる。恐るべき機動力で敵陣を走破し、追い寄せる

群れに爆裂する特殊エーテル弾を撃ち込んで数十単位の蝗をエーテルのチリに帰す。

熾天使から降り注ぐ柱のような超高出力のエーテル砲撃は、ギアドライバーとナビゲータの

相乗された予知感覚によって発射前に見切られ、射線上から退避することで意味を為さない。

 見る間に撃ち減らされたホイシュレッケの間隙を縫って、シュネルギアは熾天使へ肉薄。

通常物質のことごとくが白い羽根と化して昇華されるであろう超々高密度のエーテル領域に、

先鋭化したケルンの切っ先を食いこませて、ねじ切るようにその防護結界を侵食。

 「ぶっ飛んじゃいなさい!!」

 「なっさーい!!」

 並走したトラバント三機に依る、ゼロ距離全開射撃。エーテル構造体を侵食する特殊術式を

乗せた魔術加工弾頭が熾天使のケルンを貫通し、その異形の命を脅かす。心無し光が弱まり、

周囲に響く歌も力を失って遠くなった、その瞬間へ。

 「今だよ、和沙ちゃん!」

 「…一撃ひっさぁつ!!」

 突き立てるは、腰部ウェポンラックに佩いていたひと振りの曲刀。表面に呪法加工を施された

それを、抜刀から一動作で諸手に構え、瞬く光の中心へ全力で突き通す。

iiiiiiiiigggggggggg!!!

 エーテルを震わせる絶叫。呪法剣の刀身、柄、それを握っていたシュネルギアの腕部までも

高速で受肉化してゆく。刀身は徐々に剥離し、銀に輝く羽根と化して昇華消滅して行くが、

食い込んだ切っ先は破損しながらもなお、熾天使の存在を維持する根源をただ愚直なまでに

破壊し続ける。

「腕部侵食20,30,40…受肉化抑制、そろそろ限界!!」

「4カウント後に神経パージ、爆破処理!4,3,2,1…パージ!」

シュネルギアの両腕、その肘から先がパージされ、同時に内蔵の爆薬で焼却処理される。

その衝撃で呪法剣が最後のひと押しを受け…ぴきり、と堅い音を立てて「何か」が砕け散る。

aaaaaaaaaaaaggggggggg!!!!

 人の可聴域を超えた絶叫を上げて光の塊が急速に輝度を失い、三対六枚の光の翼をもつ

巨大で醜悪な天使の姿を世界へ曝け出される。

 「対象のエーテルコア、破壊を確認だよ!」

 「おっけー、戦闘離脱…おや?」

 「…どしたの、和沙ちゃん?」

 「…熾天使、また光って無い?」

 「…え”?」

  致命打を受け、後は崩れ落ちて粒子崩壊するのみと思われた熾天使は、しかし。

呪法剣に切り裂かれた胴体から、急激に全身へと光を脈動させている。

同時に超高濃度エーテル体との近接戦で半ば以上焼けたシュネルギアの観測機器が、

断末魔のように警報を喚き立て始める。

 「やっば!?」

 いち早く反応した和沙がありったけの推力で機体を後退させようとするが、逃さじと六枚の翼が

絡みつくようにケルンを抑え込む。単純なエーテル量と莫大な実存質量は中破したシュネルギア

のケルンを圧倒し、その行動を完全に押し留める。

 「ま、マズいんだよ和沙ちゃん!?」

 「あー…うん、かなりマズいね」

 ひとしきり、ケルンの出力もスラスターも全開にし、まだ稼働している兵装もありったけ動かして

みたが、状況が好転することも無く。

 抱きかかえるようにシュネルギアを抑え込んだ熾天使の内部で、エーテル出力が徐々に増大

してゆく。以前、やはり消滅間際に同じような挙動を見せた天使が存在していた事を、二人ともが

記憶にとどめていた。

 「…自爆、するのかなぁ…」

 「だろうね。熾天使のエーテル質量で自爆なんてされた日には、いっかなシュネルギアでも

塩の柱だよねぇ…」

 沈んだ様子で言う相方に、いっそ投げやりに聞こえるよう言いながら、和沙の手がいくつかの

システムをチェックする。回線を切り替え、バイパスを挟み、まだ稼働しているシステムの機能を

集約する。

 ふと、何気ない調子で和沙がセラピアに聞く。

 「そう言えば、セラピアって何歳だっけ?」

 「えーと? ボクは14歳だけど?」

 「そっかー…それじゃ、やっぱりそっちだね。御免ね?」

 「え?」

 かちん、と和沙の手元で音がする。同時に、コクピットの前後に存在するドライバーとナビの

間が突如として降りた隔壁に遮られ、疑問符を浮かべる表情のまま、セラピアの表情が和沙の

側から見えなくなる。

 「ナビゲータ、緊急離脱シークエンス。ケルン出力を穂状にオーバーフロー…予備電力及び

エーテルをチャージ…」

 残存エネルギーを失ってふっ、と暗くなるドライバー席で、和沙がプログラムを稼働させる。

直後、大きな金属質の物体が機体から脱落し、最後のエネルギーで展開された強力なケルン

に依って熾天使の捕縛を貫通し、高速で遠方へ射出される。

 「…『またね(Aufwiedersehen)』とは行かないかなぁ、流石に」

 眼を瞑って口元だけで苦笑し、沈黙したコンソールへ足を投げ出した和沙の視界が…網膜を

貫くほどの、エーテルの閃光に包まれた。

 

シュネルギア・ゲヴィッター、1500爆散。

 

ナビゲータ:セラピア・パルコマンG3少尉…1645救助

ギアドライバー:和沙・S・アルトヴァーペン特務曹長…MIA

当局では和沙特務曹長の生存は絶望視されると見て、翌日2000を以て捜索を打ち切る。

 

この日、瑞穂基地は二機のシュネルギアと、二人の古参ギアドライバーを同時に喪うことと

なった…。

 

* * *

 

――何処かの海岸。

 漂着した大型海棲哺乳類の如く下半身のみを海に浸して、カナード=ライトハルトは海辺に

打ち上げられていた。

 おそらく、明日は晴れるのだろう。鮮やかな夕焼けが、辺りを照らしている。

 夏の夕暮れ、ということは――1900くらいだろうか、とカナードは仰向けのまま一人ごちた。

「お目覚めですの? 漂流者(ロビンソン・クルーソー)

 頭上から響いた聞きなれない声にカナードが視線を上げてみると、見慣れない少女が一人。

 少女は高校生か、或いは中学生か。カナードが知らない意匠の紺のセーラー服に膝丈の

スカートを手で押さえ、前かがみになってカナードの顔を覗き込んでいた。

 逆光でその相貌や表情までは伺えないが……潮風になびく長い黒髪が印象的な少女である。

 その風になびくさまは、細すぎず、太すぎず――何とも丁度いい、絹糸のような艶めきをもって

その様を夕暮れの日差しと併せて一枚の絵の如き優美な光景としていた。

「……なるほど、こんな光景が拝めるなら……撃墜されるのも、悪くはない」

「どういう意味ですの?」

 頭上の少女が不可解だ、といった風に小首をかしげる。その様すら、この光景の中では妙に

様になっていた。

「……いや。それより……ここは何処だ? 神津島か? それとも式根島か?」

太陽が海側ではなく陸側に沈んでいる――ということは、交戦空域から漂着可能性のある

本土ではないだろう。そう結論づけたカナードの問いは、しかしそんな楽観とかけ離れた答えを

返されることになる。

「……おそらくは、貴方の知らない場所ですの」

「何だと?」

問い返したところで、カナードはふと気づく。

 見覚えのない意匠の制服――以前、神津島他、伊豆諸島には任務で訪れたことがあるのに?

 ようやくやや働きを取り戻してきた頭を酷使してカナードは辺りを見回す。

 なるほど。何もかもがヤシマと違う――大気に満ちているエーテルの濃度、性質すらも。

「どうやら、想像以上にややこしいことになった……みたいだな」

 呟いた脳裏に浮かぶは、黄装束の怪人。そして、顎を開けて待ち受ける闇黒の虚空。

「みたいですのね。ああ、貴方の赤い機体は引き揚げてこちらで保管してありますけれど、

どうしますの?」

 ――問うまでもないが、という風情の問いだった。

 故に、カナードは問われるまでもない、と首を振り、ゆっくりと立ち上がる。

 随分長いこと動かずに居たのか――動かす度に体の節々が軋み、カナードは顔をしかめた。

これでは、まるで実年齢どおりの中年男ではないか、と

「保管に感謝する。あの機体には人工知能が積んであるからな。じっくり、この事態について

解析させる」

 カナードが比較的長身であることもあって、彼が立ち上がると共に視線の上下が逆転する。

 少女の相貌はといえば、気の強そうなつり目に、不敵な笑みを湛えた口元。風情は決して

育ちが悪そうではなく、むしろお嬢様といった風なのに、その表情がそうした風情を打ち消して

攻撃的な印象を与えている。

 だが、それがまた妙にこの夕暮れに似合っていて、カナードの口元に苦笑が浮かんだ。

「俺は、カナード=ライトハルト……階級は、中尉だ。そっちは?」

 カナードの問いに、少女はにこり、と微笑んで答えた。

「片山 朱莉……生徒会長ですの」

 この後。暫くの間、この二人は腐れ縁とも言うべき関係を築いていくことになるのだが――

それはまた、別の話。

 

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