五日目A:病院・午前

 

 

精霊喰らいという怪物。今対峙している人なのか人外なのかすら不明の傍迷惑存在に関しては、僕としても知ることは少ない。

隣室の“魔女”曰く、そいつは他人の姿を盗み取るという。

病室の規格外曰く、そいつは他人の精霊――その特殊な力の源を盗み取るという。

全く、どうしてこんなタチの悪い強盗と僕を間違えることが出来たのやら。

某規格外の人物眼が疑問なのもさることながら、このタチの悪い強盗にも思うところが無いわけじゃない。

小言や抗議の一つや二つや百個……と思っていたが、実際に顔を合わせるとやっぱりこう、百個小言言っても聞き流されるだけか、下手すると通じない可能性も出てきたわけで。

ちょっくらここは、あらゆるイキモノの共通語たる暴力言語でカタを付けてみるとしましょう。

 

 

『貸し、ねえ……? いきなり殴られるような貸しに覚えは無いんだけど』

 再び、機械じみた無機質な声が響く。性別、年齢共に見当が付かない。

 強いて推測を働かせるならば、喋り方から考えて老人ではない、といったところか。

「半年前、僕は君と間違われてそこの性悪女子高生に追っかけまわされた挙句、鉄橋崩落に

巻き込まれて素敵な命の危険を味わった……これだけでも、殴るには十分な理由だと思うんだけどな。少なくとも、僕の感性だと」

『間違われて巻き込まれた、ね。なるほど、そういうことになってるんだ』

 へぇ、と言わんばかりの仕草で漆黒の影が呟く。

「……まるで、実際は違ったみたいな言い様じゃない」

拳を握る。

『さぁね? この前も言ったけど、今のあんたに用はないから』

 ドッペルゲンガーも、同様。

――ならば。口で語るべき言葉は既になし。

「力ずくで、聞き出させてもらうっ!」

 叫ぶと同時、黒い影との間合いを詰め――拳を開き、首を掴もうと試みるも。

『拳撃を直前で掴みに切り替えて意表を突く、という狙いは上々』

「……な」

 気配しかわからないが、こちらを嗤っているのは間違いないと思われる相手の態度。

『そっちの手の内は、前に十分見たからよく識ってるんだ』

 嘲弄に満ちた言葉に先んじて、胴に鈍い痛みが突き刺さり、鳩尾から全身へ抜ける。膝の力が

抜けそうになったのを、相手を掴んだ腕に力を籠めて堪えようとする処に……

『しつこい男は嫌われるって、まだ思い知ってないのかな?』

顎に衝撃。上半身が泳いだ所へ、横殴りに意識を吹っ飛ばすような衝撃が続いて、身体が

硬質の何かを突き破る感触と共に浮遊感。

そう言えば。窓からそう離れていなかったような……と思考する間もなく。

 僕は、病院の窓ガラスを破り夜空に浮かんでいた。夜空を舞う美少女(自称)、いかにも幻想的でメルヘンチックだ。そういえばこの病院って精神科もやってるのかな、それはめんへる……

「……って、冗談じゃないっ!」

 はた、と当てもない精神的な逃避行から現実世界に意識を引きずり戻す。地上に墜落するまでは若干の猶予。13階段で言えばそろそろ12段目。死刑台まで、あとわずか。

 無理矢理空中で身を捻り、背中から地面に叩きつけられそうな態勢から、四肢を以って衝撃を最大限緩和出来る態勢へと移行。

 目の前に迫った地面を認識すると同時、両腕と両足に激痛が走り、一瞬遅れてうつぶせに地面に倒れ付す感触。

 ――四肢と引き換えに、胴体と頭部は生き残れたらしい。

 犠牲になった四肢はというと。両膝から下の感覚がロクでもないことになってるのと、右肘から硬いナニカが突き出しているという狂気まっしぐらな痛覚。詳しく自己分析すれば、ご飯三杯吐く程度は余裕だろう……もう少し激しく墜落して意識がトんでいた方が、ひょっとすると幸せだったかもしれない。どの道、身動きの取りようがないならば、意識があるまま苦しもうと、意識ごと刈り取られてしまおうと結果は変わりないのだから。

 秋の夜風が傷口と、流れ出た血に染まったナース服の生地を冷やしていく。街の喧騒は遠く、病院内が騒ぎになった様子も無い。結構、派手にガラスが割れたり乱闘したりしていたはずなんだけどな……。

 朱莉が普通に入院していたり、“魔女”が正体不明のコネクションを有している辺りから考えて、ひょっとするとこの病院って真っ当な病院じゃないんじゃなかろうか。

 プライベートで病院の世話になることがあったら、この病院だけは遠慮しておこう。是が非でも。

……とはいえ。地上4階から落ちても平然と生きているうえに、感覚が徐々に戻りつつあるこの身体。一体どんな事態が起きれば病院のお世話になれるというのか。

 ――むしろ、僕が病院のお世話になる事態って、病院自体が残っているのだろうか。その方が大問題って気がしないでもない。

『凄い、もう再生し始めてる。毎度驚きの生命力だね』

 静寂に響いた声に顔を向ければ、いつの間に下りてきたのか、そこには漆黒の人型が降り立っていた。

地上四階から降った人間が生きていて、しかも再生し始めているという怪異を目にしても、驚くでもなく平然とした雰囲気をまとっている。

「毎度、か……」

 ――その言葉から感じるのは、自分の知らない自分を知られている感覚。気持ちの悪い怖気。

『俺がそう何度も言わなくても……もう、分かってるでしょ?』

 ――ああ、分かってる。考えるまでもなく、或いは思い起こすまでもなく自明だ。

「識っているんだな。僕が思い出せない、僕のことを」

『識っているとも。あんたが思い出せないあんたのことを』

 漆黒の塊が笑みを浮かべた気がした。

「そう。なら……っ!」

 ぐ、と感覚が戻った足と辛うじて原型に戻った腕に力を込める。

 あちこちから響く微細な軋みを無視して立ち上がり、漆黒の塊に向け、骨折が治りきっていない右腕を鞭のようにしならせ、叩きつける――!

『――っ!?』

 “ドッペルゲンガー”は辛うじて両腕を交差させて防御するも、今度こそ不意を突かれた形になり、たたらを踏む。さすがに、再生が終わる前に仕掛けてくるとは予想していなかったらしい。

 右腕を再び壊すことで、再び若干の距離を開けた対峙へと――振り出しに、戻る。

 無理矢理立ち上がったせいで両足に走った痛みと、叩きつけた右腕の激痛のせいで追撃は

出来ないが、最低限、こっちの意思は伝わっただろう。

「僕の意思はさっきも言った通りだ。力ずくで、聞き出す」

『男らしい単細胞な結論だ。俺はあんたに何の興味も無いんだけどね』

「男らしい、ね……」

 病室でもそうだったが、この黒い怪奇生命体は僕のことを外見無視で「男」として扱っている。

 ――だとするならば。それは、僕が思い出せない三年前のことについても識っているという証。

 一つ情報が増えた、としておこう。

「何の用もないなら、僕のことを追わずにそっちの用事を片付ければよかったんじゃないか?」

『あいにく、あんたに注意を向けた一瞬で逃げちゃってたよ。だから、あっちは今日はおしまい』

 ――つまり、今夜の襲撃の主目標は僕ではなく、朱莉か。

 どうもこの怪人、読み合いには慣れていないらしい。好都合だ。

『というか、だ……今回の妨害、こっちだって驚いてるんだ。あんた、別にあの女とその取り巻き

に味方する義理はないだろう?』

「……」

そう言われてみれば、確かに。

 逡巡を読み取られたか。黒い影が薄く嘲笑を浮かべる気配。

『手を貸せ、とまでは言わないさ。あんただって“魔女”の兼ね合いはあるみたいだしな。手出しを

しないで居てくれるだけでいい。どの道、そんなに長くやる気もないしね。見返りは……あんた

が思い出せないあんたの過去ってとこでどうだい?』

「……取引、するつもりか?」

『そう取ってもらって、構わないよ』

 なるほど、悪い話とまでは言えない。

 “魔女”の頼みを適当に都合と難癖をつけて断ってしまえば良いだけの話だ。

 元より嫌いな連中だ。餌食になるままに放って置くというのも、選択肢としてそこまで悪いもの

ではない。寝転がっているだけで過去が手に入る……悪い話、というより僕にとっては最大限

美味い話ではある。

『どうする? 嫌いな奴らをわざわざ護って“過去”を手にするチャンスを見逃すか、嫌いな奴らを

見捨てるだけで“過去”を手にするか』

「……難しい、選択だな」

 手にするべき結論は一つだ。最早考えるまでもない――のだが。「何か落とし穴がある!」と、警鐘を鳴らす小人が脳内に一人。

 差し出された手を取るべきか、脳内小人の警鐘に従いその手を払いのけるべきか。

 

「おい! そこで何をしている!」

 

警備員と思しき野太い声が響いたのは僕の背後から。同時に、サーチライトの如き懐中電灯の光が夜闇を裂いて僕らを照らし出す。

 僕は逡巡を打ち切ってそちらに注意を移し。影は視線を向けることすらなく嗤うのみ。

『あの女が駆け込んでから動いたにしては、此処を嗅ぎ付けるのが早すぎる……なるほど、此処

での選択は不都合、というわけか』

同時、《ドッペルゲンガー》が踵を返す気配。

「ま、待て!」

『次に遭う時には、答えを考えておいてね? “禍学の継承者”さん』

制止もむなしく空振りとなり。謎めいた一言だけを残して、都市伝説はその昏き姿を夜へ溶け込ませ、闇の彼方へと消えていた。

 

*****************

 

「……フルボッコにされた挙句、逃しちまったと。まあ……お疲れ」

僕らを見つけた警備員さんの詰問から、どうやってか僕を解放してくれた“魔女”は僕の惨状を見るなり溜息をついて着替えの入った袋を渡してくれた。

血染めの偽ナースって、自分で言うのも何だが結構な不審者だと思うんだけど一体どうやって丸め込んだやら。

そのまま病院の更衣室を無断借用して、一晩の戯れに付き合ってくれた血染めのナース服とさよならする。まあ、二度と着ることもないだろう。

「アレには闇に紛れて逃げられて、僕一人捕まりましたよ。分かったのは、ヤツのディナー予定が片山だったってことぐらいだ」

僕がぶーたれるのはこう、色々と恩知らずな気がするがともかく。

“魔女”の方も僕の非礼には慣れてると言わんばかりに肩をすくめ……首をかしげる。

「おかしいな……あかりんが狙われるはずはないんだけど」

「……え?」

「あ」

僕の困惑顔と“魔女”の失言を悔いる顔が一瞬交錯し。

「……詳しく、事情を聞かせてもらおうか?」

OK、ちょっと話し合おうか」

僕の困惑顔が笑顔に変わるのには、そう時間を要しなかった。

 

更衣室をいつまでも占拠するのも些か心苦しいので、場所を人気のない喫茶室に移すことに

なった。

午前中とは言え、ここまで空いてて此処の経営は大丈夫なんだろうか。まあ、僕の知ったこと

ではないけれど。

僕と朱莉との乱闘の跡は、文字通り跡形もなく片付けられてしまっている。プロの仕事と感心

するべきか、或いは余計な仕事をさせてゴメンナサイと頭を下げるべきか。恐らくは後者だろう。

専ら人として。

“魔女”は迷わずアイスティーを頼み、僕は迷った末、中村(仮)に勧められたコーヒーを頼ん

でみた。博打ではあるが、こうも頻繁に来ていると同じものばかりでは飽きてしまう。

 出てきたアイスティーをくるくるとかき混ぜながら、“魔女”はおもむろに切り出した。

「端的に言うと。半年前"帰ってきた"あかりんが持ってた力は、ちと強すぎたわけよ。この世界で

円満にやってくには」

「……強すぎた?」

僕とやりあった当時でも十分アレは強かった気がするけど。実際、半年前は僕も死ぬ覚悟

決めかけたし。

「そゆこと。まあ、持ってるだけで色々とこう、トラブルが起こりそうなくらいに。んでもって、しかも

 "帰ってきた"当時のあかりんにはそれを制御する力が備わっていなかった。まあ、街角で

Bangしちゃいそうな感じと思ってくれればいい感じかな。どうも、行方不明になっている間に

色々緩んじゃったみたいでね」

「……あの性格でそれじゃ、確かに破滅的だ」

純粋な火力のみで、“廃都事件”と同等の大惨事を引き起こしそうな気がしないでもない。

「で、色々と協議した結果、あたしらはあの娘の力を封印することに決めたの。緊急的な措置って感じね。なのでまあ……色々とちょっと無茶な式とかを使ってるんだけど」

「……なるほど」

それなら色々と合点がいく。

あの程度の漆黒の塊にあの朱莉が不覚を取った理由も、以前とは比べ物にならないスペックダウンも、無茶な封印措置のせいってことか。

別にあの規格外の失われた一週間など知りたくもないし、知ってどうするわけでもないけど。

「で。それだとこう色々とバランスとかが取れないし非常時に困るっていうんで、本来は封印を

解除できる権限の持ち主があかりんの傍に居る筈だったんだけど……ちょっとそいつが最近

私用で不在だったわけ」

「私用、ねえ」

のんきな話だ。そいつの職務怠慢のせいで、今回の騒ぎとなったわけか。

僕は溜息をつき、“魔女”は肩をすくめる。

「まあ、あの子はあの子でそれなりに忙しい子だからね。色々とやることもあるんだろうけど……

なので、今回の"精霊食らい"があかりんを襲うってこと自体、筋が通らない訳。あかりんって、

今のところ無力だし」

「無力なのに前線に出てこられて足手まといになられては困る、と?」

「そゆこと。知っての通り、あの娘って白川君のことになると頭に血が上るからね。幸運……

もとい、不幸にも事故ってくれたから、これ幸いと検査入院でっち上げて籠の鳥一丁上がり

ってわけ。今になって考えてみると、あの事故自体、誰かの差し金って可能性もあるけどね」

 電子機器類は入院の時に取り上げてもらっちゃったから白川君とも連絡が取れないし、と

“魔女”はあっさりと付け加える。つくづくひどい女だ。

 しかし、まあ椅子でぶん殴られた身……文字通り、白川に加えられた危害に対する朱莉の

過剰反応は「痛いほど」知っている、というべきか。

「つまり。僕をあの黒いのから遠ざけようとして小細工した挙句、思いっきり裏目に出たわけだ」

 “魔女”は僕の視線から顔を逸らし沈黙し。暫くの間を置いて答える。

「正直、あたしとしても君がどー出るかは分からなかったからねえ。万一。万が一、アレに加勢

してこっちと敵対したりしたら、こっちとしても鎮圧が大変だ。出来れば、顔を合わせてほしくは

なかったかな」

「……まあ、常識的な範疇の判断だね」

過去を餌に引き込まれかけた身。“魔女”の懸念を責めることなど出来るはずもない。

「今回はたまたま君が迎撃してくれたからよかったものの。白川君襲いに来ると踏んで色々準備

してたこっちは空振りになっちゃったしなあ……確実に向こうを襲うと思ってたんだけど」

『準備』の中身は聴かない方が良いだろう。お互いの今後のためにも。

「白川が強すぎて敬遠したって可能性は?」

「んー、君とは相性悪いけど、"精霊喰らい"の場合、別にあのテのもっと強力な相手も退けてる

はずなんだけどね……」

……なるほど、確かにそれはおかしい。

普通、ほっといても倒せる相手は一番最後に取っておくものだ。

ごく稀に、本命前の不確定要素の排除、若しくは景気づけという形で先に片付けることもある

にしても……そうした前座というにはあまりにも派手すぎる。

ましてや、残り二人というところまで辿り着いた段階で、敢えて無力な朱莉を先に始末すると

いうのは明らかにおかしな行動だ。

「しかし、本能のままに襲ったとかそういうことでもなさそうだ……外からわざわざアレの病室を

狙って襲撃してるわけだし」

「そこも疑問点なのよね。消灯後の病室を外からどうやって見分けをつけたのか。赤外線視覚を

持ってるとしても個体差識別なんてのは難しいだろうし、今までの事例でも、深夜の襲撃は

結構避けてる傾向があるのよね。多分、そっち系の能力は持ってないんじゃないかなあ?

だからこそ、事故を装ってまであかりんを病院に放り込んだのに」

“魔女”は首をかしげる。色々な意味で、あの襲撃は彼女にとって予想外の事態だったらしい。

「なるほど、ね」

だから、半年前あの性悪女子高生は夜に僕のことを襲ってきたわけか。

てっきり夜遊び万歳な乱れたヤツかと思っていたけれど、別にそんなことはなかったみたいだ

……まあ、だからと言って僕の朱莉に対する評価が寸分たりとも動くわけではないのだけど。

「で、件の白川氏の様子はどう?」

「あぁ、あかりんが襲われたって聞いた途端に血相変えて飛んでったわよ」

今頃病室でよろしくやってんじゃねーの? と“魔女”は肩をすくめ

そいつはごちそうさまだね、と僕は溜息をついた。

あいつらのある意味高校生らしい至極どうでもいい健全な恋愛模様はともかく、白川氏にも

一応アリバイはあるらしい。僕が男だと知ってるから、一応容疑者候補ではあったんだけど。

分身能力とか反則な代物を持ってなければ、の話だが……まあ、何かを反則と言い放つ資格

は、こと僕に限ってはないわけで……待てよ?

「精神操作等で記憶を誤魔化されている可能性は?」

「いい所を突くじゃん」

 “魔女”は口笛を吹く。

「だが、そのテの精神操作ってのは細心の注意を払って行わない限り必ず綻ぶ。定期的に思考

をチェックできる立ち位置に居ない限り、おいそれと使えるもんじゃあない」

「……なるほど、ね」

 ――さて、興味深い情報が引き出せた。

 僕は何らかの方法で記憶をいじくられているらしい。その方法に関する情報が得られれば、

自ずと僕の記憶に手を加えた人物の人物像も見えてくる。

 まず、“魔女”の発言が真実の場合。

この場合、僕の記憶を弄った犯人は僕の身近に居ることになる。例えば“魔女”もその範疇だ

――まあ、こんな思考を彼女の目の前でしても実力行使に出てこない辺り、その可能性は低いと

見積もってしまってよさそうではあるが。

 第二に、“魔女”の発言が嘘っぱちの場合。

この場合の真相は、“魔女”本人が嘘をついているか、誰かが“魔女”に偽の知識を刷り込ん

だかの2択――そして。いずれにしてもその犯人は確実に“魔女”の身近に居ることになる。

“魔女”本人が嘘をついている場合は考えるまでもなし。

“魔女”が偽の知識を刷り込まれている場合、真実と違う運用法をいつまでも盲信できるはず

もない。彼女の周囲には幾らでも間違いを正すであろうコネが存在するのであろうから。

とすれば、結局のところ定期的なチェックは欠かせない。必然、身近にいなければそんな頻繁

にチェックすることはできないだろうし。

“魔女”にそうしたことを疑問と思わせないほどの精神操作がかかっているなら話は別だが、

そうだとすれば当然僕に対しても過去に関して疑問と思わせない程度の精神操作はかかって

いて然るべきだろう。よって、この可能性も排除できる。

即ち。確実に僕或いは“魔女”の付近に、僕の過去に繋がる鍵はある、という結論。

 間違いなくこの情報は収穫である……まあ、過去を疑っていることそれ自体を悟られないよう、

常に気を配って行動しなければならなくなったわけだが。

「で、掴んだ感触とかから性別くらいは分からなかったの? そっちは」

“魔女”の問いかけで現実に引き戻され――首を横に振る。

「全然だ。人かどうかも疑わしいね」

感触とかすらも件の漆黒の擬装に遮られてさっぱりだったので、どうにかなるわけもなく。

声も男とも女ともつかない機械的な音声だったことだし、聴覚からも性別は分からなかった。

ましてやあの姿から視覚的に性別を推定するなんて無理筋過ぎるわけで。

嗅覚、味覚は言うに及ばず。五感全部が駄目だったという結論しか導きようがない。

「第六感とかないわけ? こう、少しは超常生命体っぽく」

「あいにく、僕は"弱っちい、後ろ向きなだけが取り柄の少し死にづらい一般人"ですから」

「……ヒトの台詞をそのまま引用して皮肉るような性悪に育てた覚えはないよ?」

「当たり前だ。僕も魔女に育てられた覚えはないよ」

ここら辺は脊髄反射で掛け合える辺り、そこそこ気心知れてる感をにじみ出させてみる。

 第六感というか、妙に引っ掛かっている物はあるんだけど……自分でも何が引っ掛かっているのかさっぱりなのが僕の限界、ということなんだろう。

 少なくともこの引っ掛かりの正体が掴めるまでは、“魔女”に過去の件や共闘を持ちかけられた件に関して明かすのは見合わせた方がいいだろう。幾つか、調査を頼むに留めておこう。

 ――嗚呼、醜きかな我が猜疑心。

 

「ああ、あとそうそう。一つ注意しておくよ」

調べ物を無事頼んだ後。立ち去り際に“魔女”はふ、と思い出したようにこちらを振り返る。

「君の言ってた時間、あの付近に警備員の巡回予定は入ってなかったはず……つまり」

「警備員が物音に気付いて駆けつけたか、誰かが呼んだか?」

“魔女”は僕の推論に肩をすくめて答えた。

「匿名で通報があったんだってさ。つまり、この件に関わっているのは、どうもあたしらと生徒会s

だけじゃないっぽいってこと。これは忘れないでおいた方がいいと思う」

 《ドッペルゲンガー》の呟きが耳朶に蘇る。

『……なるほど、此処での選択は不都合、というわけか』

 その発言が意味する所は――かの干渉を行った誰かに、僕の“過去”についての選択が影響を及ぼす、ということ。おそらくはその「誰か」こそ、僕の“過去”に繋がる鍵。

 ――やはり、近くに居るのか。

 

冷めてしまったコーヒーカップに口を付けてみる。

案の定、あんまり美味しくなかった。

 

さて、これからどうしようかな。

 

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