六日目B:作戦会議 喪われた記憶。 其処に何が銘記され、失われてしまった時で一体僕がどのような人間としてどのような思いの 下に振舞っていたのか。 今の僕にはさっぱり分からないことだ。おそらく、僕自身が僕の感情を理解できないのだから、 他の誰にも僕の当時の感情は理解できないのだろう。 確かに、テレパスという特殊例はある。彼らは他人の感情を盗み読み、意思に先回りして行動 できる……稀有で便利、同時に不気味とも思われる能力を有している。 だが、彼らは「読んでいる」だけだということを忘れてはならない。 感情や思考が言語という不完全なツールを通じて具体化されている以上、どのような過程を経て 其処に至ったかは、当人にしか理解は出来ない。読み手に出来るのは、生み出し手の心を推測 することまでなのだ。 そういった意味では、僕が出会ったテレパスが白川氏であったことは、僕にとって多大な幸運で あったのかもしれない。 彼は結果に至るまで、僕がどれほどまでに度し難い心を欠落した記憶と共に抱えているかを―― おそらくは、推測することすら出来なかったのだろうから。 それは別に、彼が無能というわけでも愚かというわけでもない。 単に、その在り方があまりにも違いすぎたという、それだけの話。 白川氏との長話や、朱莉と“魔女”の口論(実態:“魔女”による朱莉いぢり)で時間を無駄にした せいか、食堂はかなり閑散としていた 「こりゃ、盗品だってバレたら確実におロープ頂戴だね」 「まぁ、あたしとしては飯抜きよりはいいと思うんだ」 「どう考えてもよくないよ」 ――と、そんなやり取りを経て食券を手にカウンターへ。 妙に笑顔が印象に残る七福神のようなおじさんが食券を取り、特に問いただすこともなく普通に カレーを作って出してくれた。 ……むむ、何も言われないとそれはそれでちょっぴりさびしい、などと手前勝手なことを考えつつ、 人がまばらな食堂でも、特に人気のない一角に陣取ってみる。 少し遅れて“魔女”も水や器が乗ったトレーを手にやってきて僕の向かいに座る。どうやら、二人 とも何事も無く食堂という難関を突破できたらしい。 「……色気無いもの頼んだねえ」 と、“魔女”は僕のカレーを見て唖然、と呟き。 「そっちこそ何でそんなイロモノ頼んだのさ」 と、僕は“魔女”のトレーの上に鎮座している器の中身を見て顔をしかめた。 というのも。学生食堂らしく金のかかっていない具のないしょうゆラーメンの上に、何をどうまかり 間違ったか麻婆豆腐がかかっているのだ。色気に走っているにも程がある。 いや、まあ間違っては居ない。ジャンルは中華で共通だし、炒飯をブチ込むような暴挙を冒して いるわけでもない。確かに美味しいのかもしれないが……あまりにもリスキーじゃないか。勝手の わからないアウェーな店で頼む物か――と、そこまで考えてはた、と思い至る。 「あ、そうか。初利用じゃないんだっけ」 「そゆこと。お気に入りメニューなのさ」 “魔女”は笑って割り箸を割る。――だが、そのイロモノメニューはもう一つの懸念を含んでいる。 “魔女”が気付かないはずはない、と思いつつも、僕は思わずそれを指摘してしまっていた。 「それ、太りそうじゃない?」 「黙れ。君は今、呼吸すら許されない暴言を吐いた」 怒られた――やっぱり気には、していたらしい。 「……悪かったよ」 とりあえず頭を下げ、カレーに手をつけてみる。 学食らしく、まったりとして素朴ながらも……値段から考えれば、むしろ良心的な部類の味か。 「――でだ。半年前の件について君の言ってたことを調べてみた結果がこれ。一応目を通しておい てね。協力してくれるなら」 ラーメンの器越しに茶封筒を渡され、左手で受け取る。 「ん、しゃんにょゅ」 「……食べながら受け取るのは行儀悪いよ?」 ――「さんきゅ」と言いたかったのだが、食べながら片手間で受け取ったせいで何だかよくわから ない発音になってしまっていた。 そしてカレーを飛ばさないように気をつけつつ目を通してみる。 昨日頼んだ調べ物は二つ。《ドッペルゲンガー》の、現在分かっている範囲での戦力分析と、 朱莉・白川に関わった場合の《ドッペルゲンガー》の行動パターンについて。 一ページ目。 【――半年前の交戦から推測される《ドッペルゲンガー》の特性は、精霊由来の攻撃のほぼ完全 なる無効化。以下、精霊の種別の具体例。 青:魔法による物理障壁展開後の真空化、毒ガス生成 及び術式狙撃、《肉を石》等の変換魔術 の無効化事例あり。 赤:炎銃による銃撃等、精霊武器による攻撃の無効化 白:精神剣による斬撃・念動による臓器圧搾・発火能力の無効化 黒:光線系攻撃、身体変異による近接攻撃の無効化 接近されて身体強化能力を無効化された 事例もあり】 事例集を見る限り、つくづく色々と試されている相手だ。 奴自身にそう長く暴れる心積もりが無い以上、これらの間隙を突いて「通じる精霊使いの能力」 を探している時間はないし、ましてや実験する余裕など与えられるはずも無い。 およそ、精霊関係の能力による直接攻撃で撃破するのは、諦めた方がよさそうだ。 二ページ目。 【だが、精霊由来の攻撃以外ならば通じた事例あり。 例1:邪神教団関係者が引き起こしたと思われる瘴気暴発で一定のダメージを受けた形跡あり 例2:特例協力者「山田太郎」による爆破工作で一定のダメージを受けた形跡あり。以後現時点 に至るまで《ドッペルゲンガー》の活動は休止
但し、上記二例は共に対人レベルを遥かに超えた威力での攻撃であり、対人兵装による攻撃 が有効打となるかは不明。また、近接戦闘能力も高めとの報告あり】 なるほど、この分析は病院での交戦とほぼ一致する。 精霊がもたらす能力に由来しない攻撃をも簡単に無効化できるのならば――それこそ僕程度の 拳撃、敢えて避けるまでもないだろう。 しかし。今時「山田太郎」って。偽名らしすぎて疑うことすら馬鹿馬鹿しい。一体どんなセンスの 持ち主がこんな偽名を使っていたのだろう。興味が湧かないことも無いが……触れない方がよさ そうだ。 後は……普通の拳銃なら通じるのかが気になるものの、舞台が悪い。何せ平和ボケで世界的な 定評をこの国は受けてるくらいだ。銃刀法という一般市民には非常にありがたい法律のおかげで、 およそ真っ当な手段では国内で武器を調達することは出来ないし、真っ当じゃない手段を“魔女” 経由で使うとしても……ロクに銃を触ったこともない僕が短期間で扱いこなせるはずもない。更に、 手に入れて迎撃態勢を整えるまでのタイムラグは、こと今回の場合は僕らにとっての致命打となり かねない。いずれにしても、却下だ。頼れる武器は己が双拳のみと割り切ろう。 三ページ目 【また、白川 周が《ドッペルゲンガー》と遭遇したことは一度も無い。 白川 周と片山 朱莉が共に居る場に《ドッペルゲンガー》が出現したこともない。 片山朱莉が巻き込まれた鉄橋崩落の後、鉄橋付近で《ドッペルゲンガー》発見との報告あり (なお、報告者「山田太郎」はその連絡を最後に《ドッペルゲンガー》と共に消息を絶っている)】 ここでも「山田太郎」か。 半年前の一件でも恐らくは最後の戦闘に関わっていたとは。名前はお粗末でも腕は確かだった のだろうか。 病院での言動と総合して察するに、やはり《ドッペルゲンガー》の最終目標は朱莉だろう。 その最終目標に至るには、どう考えても朱利の右腕たる白川は邪魔以外の何物でもないはず なのだが……。 そう言われてみれば、朱莉と白川が別行動を取っている時に限って奴は現れている。 病院然り、おそらくはあの雨の公園でも……その後一人で通りかかるであろう朱莉を待ち伏せ していた可能性が高い。 鉄橋付近をうろついていたというのは、万一生き残っているのを見つけたらトドメを刺すつもり だったのか――なるほど、だいぶ行動パターンが分かってきた。 「見てもらえば分かる通り突破口はあるんだけど……流石にそれを突けるほど恵まれた状態じゃ なくってね。各個撃破に持ち込まれたり別件で手が塞がってる人が多かったりで」 「半年前のように、高威力の攻撃で沈黙させる手法は取れない、と」 いつの間にやら、“魔女”の方の器は空になっている。読みながら食べていたせいか、こっちの カレーはまだ半分ほど残っているというのに。 「そゆこと。話が早くて助かるよ。現状、あたしらが使える戦力は……君とあたし、白川君程度だ、 と割り切っちゃった方がいいと思う」 「しかも、白川が居る場合は出てこない……か」 ――つまり、事実上……使える戦力は僕と“魔女”のみ。 “魔女”は軽く携帯を弄り、これでよし、と呟いて肩をすくめる。 「まあ、あたしも手持ちの攻性術式は効かないってことが割れてるしね……直接火力として期待され ても、ちょっち困るかも」 「おいおい、それじゃあ結局僕しか有効戦力は居ないんじゃないか」 当てにしていて使えないよりは、最初から算定外な方が確実な手を打ち易いとはいえあんまりだ。 しかも、僕は病院での戦闘では相手にならずあしらわれている。 この不死身の身体を活かした自爆の巻添えにするならばともかくも……それでは、僕の目的は 果たせない。あくまでも戦闘不能に留めて、僕の過去について喋らせなければならないのだから。 何度考えても、埒外にキツい勝利条件ではあるが……達成時に得られる物を考えれば、ここで退く という選択肢を選ぶことなど出来ない。 「じゃあ、直接攻撃以外で使える魔法とかってある?」 「ん……とりあえず高速飛行術式とか、土を空気に変換する術式とか、空間転移術式、人払いの 結界、今も使ってる音声遮断結界とか、あるには色々あるんだけどね。正直、あまり使い勝手は よくないかな。戦闘中に使うにはちょっと手間がかかりすぎるし、その上効果範囲、対象とかも 大味になり易い。エンチャント――付与魔法で君を強化するのも、最終的に近接戦になっちゃう なら、《ドッペルゲンガー》の能力で無効化される可能性が高い上に、下手するとその付与魔法 のせいで攻撃そのものが無効化されかねないから、やっぱりお勧めできないかな」 「……なるほどね」 どうやら、情報源として機能してくれているだけ御の字と考えた方がよさそうだ。 「まあいいや……何とかしてみる。この界隈の地図はある?」 「それも、その封筒の中に。あとそうだ……あたしも、君に聞きたいことがあるんだ」 “魔女”がす、と目を細める。 「昨日未明の襲撃時にあかりんの病室にあった物から、発信機が出てきたよ」 「なるほど、夜間でも迷わず襲撃できたのは、それが原因か……で、それが僕に何か?」 「あかりんに聞いてみたら、それを持ち込んだのは君だって話なんだけど」 「……僕が?」 そう言われてみれば、確かに病室のドアを開けた時に何かを落としたような気がする。だが…… わざわざ何かを買っていった覚えは無い。買っていく義理があるわけでもなし。 「あたしもおかしいと思ってさ。そんな妙な真似を君がしていたなら、敵さんがわざわざ取引を言い 出す意味がわからない。白川君も、君にアレと手を組む気は無いってさっき明言していたしね」 なるほど。さっきの“魔女”の真意を測る過程で、図らずも僕の潔白まで証明されたってことか。 それはありがたい。しかし……。 「……駄目だ、思い出せない。確かに何か持っていた気はするけど、何でそんな物を僕が……」 考え込む僕を見て、“魔女”は仕方ないねと力なく笑う。 「まぁ、敵さんがそいつを目印にしてるってことは……いい囮になる。あかりんをこっそり別の病室 に移して、病室をステキなトラップフィールドにするとか、待ち伏せとか色々使いようはある。 とりあえず、何でそんなもんを君が持ってたかは、後回しにしておこっか」 至極曖昧な答えしか返せなかったものの、“魔女”は僕を疑っては居ないらしい。白川という生き 証人が効いているのだろう。 ――つくづく思う。白川を利用しておいて本当に助かった。 ここで互いに疑心暗鬼に陥るのは最悪の展開に繋がりかねない。 食器を片付けてから、片付けば近くのやかんから茶を汲んで席に戻る。 ……温かい麦茶というのも、中々微妙な味だと思いつつ、美味そうに飲んでいる“魔女”に目を 向けてみる。 「で、“魔女”。そっちとしてはこれからどうするつもり?」 「そうだねえ……」 うーむ、と首を捻り、“魔女”は考えた末呟く。 「白川君を上手い事こっちで隔離すれば、嫌でも出てくるっしょ。そこを捕らえれば」 「その手は間違いだと思う」 それは即ち、こちらで《ドッペルゲンガー》の為にお膳立てを整えてしまうことに等しい。 相手に心理的余裕を与えてしまう上に――おそらく、こっちの狙いも読まれる。 罠の前に「この先、罠」と立て札を立てるに等しい愚行だ。 「逆だよ“魔女”。むしろ、白川と朱莉が一緒に居ることを妨げなければいい。その方があんたの 立場としても自然な行動だからね」 「はぁ!?」 “魔女”は「正気か?」といわんばかりの目でこちらを見る。 僕は不敵な笑みをその視線に返すのみ。 「判断材料は出揃ってる。奴の『そう長く暴れるつもりはない』という発言と、『白川と朱莉が一緒に 居る場合出現しない』という特徴。そして、「今がどういう時期か」ということさえ掴めていれば ……簡単な答えだ」 「見えているからこそ、忘れていることもある」という言葉が脳裏をよぎる。 「《ドッペルゲンガー》の目標は、あくまでも片山 朱莉単品の排除だ。おそらく、白川 周の邪魔が 入らない形での……ね。そして、その為には片山 朱莉が一人では真っ当に戦えない状態…… つまり」 「蓮田ちゃん……もとい、封印解除権者の不在は必要不可欠って、こと」 “魔女”の顔色が段々と悪くなる。おそらく、彼女も気付きつつあるのだろう。僕がどんな思考に 至ったか。 「その通り。そして、その不在がいつまで続くか、おそらく確証は得られていない。だから、奴は 焦っている。おそらくは、すぐにでも状況を終わらせてしまいたいはずだ。『長く暴れる気はない』 という言葉も、多分こういう奴の状況を示している。本人は自覚してなかっただろうけどね」 「そして、そんな焦った状態であかりんと白川君を一緒に居させれば……嫌がらせ以上の効果が 出る、ということ?」 然り、と僕は“魔女”に頷く。 「奴は焦って何かしらの手を仕掛けてくる。おそらく、今まで遭遇した二回の雰囲気から見て、まだ 手の内全ては使い切ってはいないはずだ」 全てを使い切っているならば、むしろ僕に対しても「何もするな」ではなく「協力しろ」という形に なるだろう。何せ、僕と朱莉は元より仲良しというわけでもない上に、《ドッペルゲンガー》は僕が 欲しくて仕方がないものを握っているのだ。 少なくとも公園で、或いは病院の時ですら、それを選択しない理由は無かったはず。 それにもかかわらず敢えて僕を事態から排除しようとしたということは。奴は未だ何か奥の手を 隠し持っているのだ。単独でも片山 朱莉と白川 周を引き離すことが出来るだけの――切り札を。 「つまり、手の内を全部使い切るほどの焦った心理状態に追い込んだ上で……」 ようやく僕に追いついてきた“魔女”の思考に先回りし、問う。 「頼みの綱の発信機で示された場所が罠地獄だったとしたら?」 「……確実に、冷静さは喪うだろうね」 「そういうこと。つまり……」 僕は暗鬱な結論を示すべく、敢えて笑う。 「その動揺している所を突けば、万全の状態なら勝てなかった《ドッペルゲンガー》に対しても、 十分に勝ち目はある。短期間で手持ちの戦力を増強することができないのなら、相手に全力を 出させなければいいだけだ。僕は……手段にこだわれるほど、恵まれた立場じゃない」 「……なるほど、ねえ……」 “魔女”はうつむいて考え込む。恐らくは――自身の良心と《ドッペルゲンガー》の脅威とを天秤に かけて、僕の出した手を受け容れるべきか考えているのだろう。 ――無理もない。僕自身、是が非でも勝ちたい事情があるわけでもない限り、こんな悪辣な手は 使いたくないし、使おうとも思わない。 だが。手を汚してでも掴みたいものがあるならば。座視してそれを見過ごすわけにはいかない。 《ドッペルゲンガー》には、中途半端に過去を匂わせてしまった自分自身を精々悔やんでもらうと しよう。 “魔女”は考え込んだ末、ええい、と自分のコップに残っていた麦茶を一気に飲み干し、硬質な音 を立ててコップを置く。どうやら、腹は決まったらしい。 「いいでしょう……その外道、乗った」 「……あんたなら、そう言うと思ったよ」 “魔女”は「悪党扱いしてくれて」と苦笑し。 僕は「いやいや褒め言葉さ」と肩をすくめた。 「で……勝って捕まえたらどうする気なわけ? 尋問して、素直に口を割るとも限らない。聞きたい ことの内容が内容なだけに……テレパスに見せるってのはリスクが大きいと思うけど」 「あぁ。それも簡単だよ、“魔女”。あんたも今だったらわかると思うけど」 僕はにやりと笑って、わけがわからないといった風の“魔女”を見る。 「これは憶測だけど……おそらく、《ドッペルゲンガー》が白川 周を一度も襲撃していないのには わけがある」 確か二日前、白川氏は「漏れ出た思念を拾っていただけ」と言っていた。だとすると。あの漆黒の 擬装でも思念の漏出は防げない可能性は――十分考えられる。 後ろ暗い人間ほど、心を読まれることは嫌うものだ。僕のように。 「おそらく、奴は白川に頭の中を覗かれてしまうのが怖いのさ。しかも、他の精霊使いと違って白川 のことは殴り倒して口封じしたくはないと見える」 ――案外、朱莉と白川の関係にその辺りの感情が絡んでいるのかもしれないが。流石にそこまで いくと、確証も何もない憶測にしかならない。 「ということは。僕が「白川の所に引きずり出さないし、今後一切邪魔をしない」という条件をつけて やれば。まあ、喋るだろうね」 「なるほどねえ……って、ちょっと待った。てことは、君は自分の知りたいことさえ分かったら、後は 《ドッペルゲンガー》を無罪放免にしちまおうって魂胆なわけ?」 “魔女”の疑念を、まさか、と僕は自嘲を込めて笑い飛ばす。 「僕「は」何もしないだけさ。その時点なら、もう縛り上げなり何なりで、向こうは行動不能になってる だろうし……後は君が引きずって何処へなりとやればいい。協力する、なんて虫のいい条件は 出す気ないし。僕は邪魔もしなければ白川の所に引きずり出すわけでもない」 他人の過去をネタに人の心を弄ぼうとした相手には当然の報いだと思うものの……“魔女”は 心底引いた、といった風な表情でこちらを見ていた。 「……あたし、君だけは敵に回したくないわ」 「褒め言葉と受け取っておくよ」 ……まあ、散々色々好き勝手に言われたせいで容赦なくなってる部分もあるけど、それは専ら 《ドッペルゲンガー》の自業自得だ。 ――やるべきことは決まった。その為の布石も殆ど終わった。 引き返せる場所は既に通過済。やると一度決めて必要な味方を巻き込んでしまった以上、僕には 都市伝説を突破する以外の道は残っていない。 ならば、あの嫌味な怪異に思い知らせるとしよう。 奴が、一体どんな存在に喧嘩を売りつけてしまったのかを。 |